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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)673号 判決

控訴人

佐久川みさ

右訴訟代理人

冬柴鉄三

右訴訟代理人

眞鍋能久

被控訴人

明光バス株式会社

右代表者

諏訪利夫

右訴訟代理人

多屋弘

外一名

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、原判決の主文第一項を次のとおり更正する。

控訴人は被控訴人に対し、原判決添付第二目録記載の建物を収去して、同第一目録記載の土地中本判決添付第三目録記載の土地を明渡せ。

三、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、〈省略〉

二、右原判決の引用により認定した事実、〈証拠〉によると、本件事案の経緯の概要及び本件建物建築、保存登記の経過は次のとおりであることが認められ、〈証拠判断略〉、他にこの認定を覆すに足る証拠がない。

(一)  本件土地はもと亡尾崎喜蔵の所有であつた。

(二)  昭和三〇年三月九日被控訴人は尾崎喜蔵から本件土地を買受け、そのうち一、三八五番の二の土地上に在つた理髪店、倉庫(杉皮葺バラツク建家屋二戸)が同年五月二六日収去されるのと引換に代金を完済し、本件土地の引渡を受け、整地工事を施行し、以後被控訴人会社の自動車の駐車場として占有使用してきたが、所有権移転登記は未了であつた。

(三)  同年六月二三日尾崎喜蔵が死亡し、尾崎茂が同人の遺産を相続した。

(四)  昭和三三年六月一日尾崎茂は本件土地を平井勝太郎に対し建物所有を目的として賃貸した。

(五)  同年六月一〇日被控訴人は本件土地につき所有権移転請求権保全仮登記を了した。

(六)  昭和三四年一〇月頃右平井は本件土地上に土産品店舗を建築しようと考え、被控訴人の本件土地の占有を侵奪して、別紙図面〈略〉の「――22・70――」と記載された線上付近に抗を打つて建物建築の着工を企てた。しかし、その数日後被控訴人は平井の打つた右抗を抜き去り新たに被控訴人の抗を打つて占有を奪い返した。

(七)  同年一一月二日平井は被控訴人を相手方として原裁判所へ仮処分の申請をし、同日、(1)本件土地の執行官保管、(2)申請人平井に本件土地の使用を許す、(3)本件土地上に同平井が行なう建物建築工事、土地使用を被控訴人において妨害すること禁止する旨の仮処分命令を得て、即日本件建物の建築工事に着手した。

(八)  同月九日同裁判所は右仮処分命令(2)(3)項の執行取消決定をし、翌一〇日その執行をした。それまでの間に平井は本件建物の基礎工事を完了していたが、一たん建築工事を中断した。

(九)  同月二〇日被控訴人は右裁判所から尾崎茂を債務者とした本件土地につき賃借権の設定を含む一切の処分禁止の仮処分命令を得て、翌二一日その旨の登記を了した。

(一〇)  昭和三五年四月一日右裁判所は前示仮処分決定取消、仮処分申請却下の判決を言渡し、その控訴審たる大阪高等裁判所も同三六年六月七日控訴を棄却した。

(一一)  右仮処分取消の一審判決言渡直後である同年四月一〇日頃、前示仮処分(1)項に基づきなお執行保管中の本件土地上で、平井は、執行官、被控訴人に無断で本件建物の建築工事を再開し、一挙に本件建物を完成したうえ同月一一日本件建物の保存登記を了した。

(一二)  昭和三八年一月二〇日控訴人は平井から本件建物を買受けると共に賃借権を譲受け、同月二三日その所有権移転登記を了した。

(一三)  昭和四四年三月一一日最高裁判所において、尾崎茂に対し、昭和三〇年三月九日付売買を原因とする本件土地の所有権移転登記等を命ずる判決についての上告を棄却する旨の判決がなされ、右判決が確定した。

(一四)  同年五月二八日被控訴人は本件土地につき右(一三)による所有権移転登記を了した。

三被控訴人がなした前示二の(一四)の本登記は同二(五)の仮登記に基づくものではないから、その順位保全の効力を持つものではないし、同二(九)の尾崎茂に対する処分禁止の仮処分が、同二(一一)の平井がした本件建物の保存登記を禁止し、その効力を左右するものでないことは前示引用の原判決理由により説示したとおりである。

四本件主要な争点は、結局前示二(一一)の平井がした本件建物の保存登記が建物保護ニ関スル法律一条に基づき賃借権の対抗力を有するか否かにある。

そこで、以下この点につき検討する。

建物保護法一条は建物所有を目的とする土地の賃借権により土地賃借人がその土地の上に登記した建物を有するときはこれを以て第三者に対抗することを得ると規定し、他方土地の新所有者などの権利も民法一七七条により土地の所有権移転登記等の対抗要件を具備しなければ第三者に対抗できないから、結局、土地新所有者と借地権者の優劣は、通常、土地新所有者の土地の登記と借地権者の建物の登記との、両者の時の前後により決せられることになる。

ところで、前認定二(一一)、(一二)、(一四)の事実によると、借地人平井が本件建物の保存登記をしたのは昭和三五年四月一一日、控訴人が建物所有権移転登記を了したのは昭和三八年一月二三日であり、他方、被控訴人が本件土地の所有権移転登記をしたのは昭和四四年五月二八日であるから、一見、先に対抗要件を具備した控訴人の賃借権が優先するようにみえる。

しかしながら、控訴人が本件建物を建築所有し、その保存登記を了した経緯は前示二で認定したとおりであつて、控訴人は土地の新所有者である被控訴人の占有を侵奪して違法に建物の建築を強行しその保存登記をなしたものである。

建物保護法一条の「土地ノ上ニ登記シタル建物ヲ有スルトキ」とは、適法に建物を所有し、登記した場合を指し、とくに建物が存在しない土地賃借人が土地新所有者の占有を強暴、隠秘など不法な手段によつて侵奪して、建物の建築を強行し、その保存登記を了した本件のような場合を含むものではないというべきである。けだし、建物保護法一条が建物の存在とその登記を借地権の対抗要件としたのは建物の存在、及びその登記によつて、目的地の新所有者に借地権の存在を公示し、警告する趣旨に他ならないのであつて、土地の賃借人であつても、その土地の新所有者の占有を侵奪して建物を建築してその登記をした場合には、もともと建物の存在、登記が公示の機能を果す余地はないし、この場合、土地賃借人は土地新所有者の占有回収権に従つて建物を収去して土地を明渡す義務があるというべく、その建物の建築、登記は違法であつて、その違法性は、土地新所有者が占有訴権をその提起期間徒過により喪失したとしても消長を来たすものではないからである。

したがつて、控訴人は被控訴人に対し本件土地の賃借権につき建物保護法一条による対抗力を有しないといわねばならない。〈以下略〉

(下出義明 村上博巳 吉川義春)

物件目録、図面〈省略〉

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